ファンキー日光!Pro

 
 

湯西川で「プロジェクト」開始

  1. 12:41:57
亜細亜大(東京都武蔵野市)で観光を学ぶ学生たちが、湯西川地区の振興策を考える「湯西川魅力拡大プロジェクト」をスタートした。11〜13日には20人余りが現地入り。各戸を訪ね、中学生以上の住民全約500人に配ったアンケートの回収に当たった。代表を務める同大経営学部3年の浅見幸恵さん(21)は「若者にも湯西川の魅力を知ってもらえるよう、良さを拾い上げていきたい」と話している。

 プロジェクトは、同学部ホスピタリティ・マネジメント学科の二つのゼミが、合同で取り組む。メンバーは2、3年生計27人。

 湯西川との出合いは、ゼミ生を指導する小林天心教授(67)が4年前、湯西川温泉旅館組合にアドバイザーとして招かれたことがきっかけという。

 同温泉の宿泊者は15年前のピーク時に約40万人を数えたが、昨年は約22万人にまで減少。今回、より魅力的な湯西川の将来について、学生から何か役立つ提案ができないか、と取り組むことにした。

 アンケートは、現状の受け止め方、外国人観光客などについて聞いた。観光関係者以外の思いもくもうと、中学生以上の全住民に実施。各戸を訪ね、事前に配っていた用紙を回収しながら、対面での聞き取りも行った。

 「話を聞いていくと、観光施設や景観について思っていることがあった」と浅見さん。アンケート結果は1月までにまとめ、早ければ3月ごろ、湯西川で報告会を開きたいという。学生を受け入れた本家伴久の浅野容宏さん(72)は「結果には関係者だと分からない側面も表れるのでは。若者の視点にも期待したい」と話している。

<下野新聞>

 
 
 
 

加油!日光

  1. 11:58:39
加油(頑張れ)日光−。市と観光友好都市を結ぶ台湾・台南市が8、9日、台南市内で日光支援イベントを開く。原発事故による風評被害を心配した台南市が、日光和楽おどり隊など25人を招待、日光に観光PRの場を用意した。団長として参加する阿部哲夫副市長は「機会をつくっていただいて感謝している。日光が元気なところをアピールしてきたい」と話している。

 日光市と台南市は2009年1月、観光友好都市を結んでいる。東日本大震災や原発事故の影響で外国人観光客が減る中、斎藤文夫日光市長が5月、自ら台南市に出向き、地元のラジオにも出演して誘客。これに応え300人の親善訪問団が6月、日光市を訪れている。

 イベントは「2011再現日本力と美〜台日文化交流と剣道演武」。台南市議が主催し台南市が後援している。招待されたのは日光和楽おどり隊7人、古河電工舞楽部8人、日光市体育協会剣道専門部5人。市からは阿部副市長らが参加する。

 台南市では剣道の人気が高く、これまでも日本と剣道交流があったという。今回はこれを拡大する形での交流イベント。台南の物産の展示や日光市の観光PRなどが行われる予定となっている。

加油!日光

 
 
 
 

森びとプロジェクト委員会

  1. 09:58:52
足尾町で森林再生を続けるNPO法人「森びとプロジェクト委員会」(東京都)は23日、松木渓谷で植樹活動に取り組んだ。2005年からの恒例行事だが、今回は足尾銅山の煙害などの影響で廃村となった旧松木村の子孫11人を招待した。子孫たちは村跡に苗木を植え、先祖の苦労に思いをはせた。

 これまでに3万本以上を植樹してきた同会。渓谷内にはトイレや休憩所がないため、ハイカーなどに利用してもらおうと、今春に交流施設を開設した。

 この活動を報じた新聞記事を目にした旧松木村民の子孫で、細尾町に住む星野忠司さん(73)は6月中旬、妻と一緒に施設を訪問。同会のメンバーに「本来なら私たちがやらなければならない活動に取り組んでもらい、ありがたい」と涙ながらに感謝した。

 それがきっかけで両者の交流が始まった。同会から今回の植樹活動への参加を誘われ、星野さんは近隣に住む子孫たちと一緒に、同渓谷を訪れることにした。

 星野さんらはこの日、村の住居跡地を散策した後、畑があったとされる場所に5本ずつ、苗木を植えていった。それぞれが「緑を取り戻すことで、先祖の供養にもつながる」と感慨深げだった。

 活動には県内外から550人が参加し、トチノキやブナなど2508本を植樹した。同会の高橋佳夫副理事長は「福島第1原発の事故では、旧松木村民と同じように、周辺住民が故郷を追い出されてしまった。村民の子孫の方々と植樹を行い、改めて自然との共生などを見直す契機になったのではないか」と感想を述べた。

 明治中期に40戸(257人)が暮らしていた旧松木村は、精錬所から排出される有毒ガスによる健康被害が深刻化したため、村民が国会に人命救助嘆願書を提出。田中正造が会長を務める足尾鉱毒被害救済会の仲介により、全村を銅山に売却することが決まり、1902年に廃村となった。

森びとプロジェクト委員会

 
 
 
 

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